東京地方裁判所 昭和41年(モ)2402号 判決 1966年4月07日
債権者 三五至郎
債務者 不二興産株式会社
主文
東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二八一号、第二八二号各債権仮差押申請事件につき、同裁判所が昭和四一年一月一九日になした各仮差押決定を取り消す。
債権者の本件各仮差押申請を却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
この判決は、前掲第一項に依り、仮に執行することができる。
事実
(双方の申立)
債権者訴訟代理人は「主文第一項掲記の各仮差押決定を認可する。」との判決を求め、債務者訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決を求めた。
(債権者の主張)
債権者訴訟代理人は、本件各仮差押申請の理由として、次のとおり述べた。
(一) 債務者は、昭和三九年九月一二日、金額金五〇万円・満期昭和三九年一二月一〇日・支払地東京都千代田区・支払場所住友銀行有楽町支店・振出地東京都新宿区なる本件約束手形一通を債権者にあてて振り出し、債権者はその所持人である。
(二) もっとも、本件約束手形の振出にあたっては、債権者において債務者の記名押印、その余の手形要件の記入行為をしたのであるが、債権者は債務者の意思に基いて右行為をしたのである。
(三) 債権者は、本件約束手形を満期日に支払場所に呈示して支払を求めようとしたところ、債務者においてその猶予を求めたので、満期日の呈示をしなかったが、その後再三、請求をしたにもかかわらず、債務者は本件約束手形金の支払をしない。そこで債権者は、昭和四一年一月一三日に至って、本件約束手形を支払場所に呈示してその支払を求めたが、拒絶された。
(四) 債権者は、東京地方裁判所に対して本件約束手形につき、約束手形金請求訴訟を提起すべく準備しているが、債務者は、本件手形債務のほかにも相当の債務を負っており、何時、他の債権者から強制執行を受けるか分らず、また、債務者と特殊な関係にある他の債権者と結託して、資産として僅かに有する<省略>清掃請負代金につき、受領等の方法で隠匿を企てている。従って、債権者としては、今日において、債務者の右資金を保全しておかなければ、後日本訴訟で勝訴の判決を得ても、その執行が不能となる恐れが多分にあるので、本件各仮差押決定を得た次第である。」
(債務者の主張)
債務者訴訟代理人は、債権者の右主張に対し、答弁として、次のとおり述べた「債務者は債権者にあてて本件約束手形を振り出したものであるとの債権者の主張事実を否認する。すなわち、債務者代表取締役寺島徳次が自身で本件約束手形の振出行為をした事実のないことはもとより、同人において右振出行為を承諾したり、他の者に命じてこれをなさしめた事実もない。
本件約束手形は債権者の偽造にかかるものであって、債務者主張の被保全権利がないから、本件各仮差押判決は取消を免れない。」
(双方の疎明)<省略>
理由
一 甲第一号の一を検するに、振出人の表示として、「不二興産株式会社代表取締役寺島徳次」名義の記名押印がしてもあり証人大賀秀夫(第一回)の供述によれば、右記名押印は債務者会社代表者の記名判及び、印章によって振出されたものであることが認められる。してみれば、他に反証のない限り、本件約束手形の振出行為は、被告代理人たる債務者会社代表取締役寺島徳次の意思に基いてなされたものと、一応事実上の推定をなし得べきところ、本件の場合には、前記振出人名義の記名押印行為がほかならぬ名宛人たる債権者自身によってなされている(この点は当事者に争いがない。)というのであるから、前叙事実上の推定を覆えすに足る反証の有無につき、特に慎重に検討しなければならない。
二 証人大賀秀夫(第一回)の供述並びに債権者本人(第一回)及び債務者会社代表者本人寺島徳次の各尋問の結果(各当事者尋問の結果については、後記措信しない部分を除く。)を総合すれば債務者会社において約束手形を振り出す場合には、会計担当者たる大賀秀夫が代表取締役たる寺島徳次の命を受けて振出行為をしていたのであって、労務担当者たる債権者には約束手形振出の権限を与えられていなかったこと、もっとも、毎月一〇日の支払日など、八〇人に及ぶ作業員に対する給料や材料屋に対する材料代金の支払等で会計事務が混雑するときには債権者にその応援をして貰ったことがあり、時には債権者に約束手形の事実上の作成行為をさせたことも、二、三ないではなかったが、そのような場合には、会計担当者にして、かつ、代表者印の保管責任者たる前記大賀において、特にその依頼をした上でさせていたことが認められ、前記各当事者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。また、成立に争いのない乙第二号証の一、二、乙第六号証、乙第一号証の一、乙一六号証、乙第一号証の二並びに証人大賀秀夫(第一回)の供述及び債権者本人(第一回、但し、後記措信しない部分を除く。)、債務者会社代表者本人鈴木幸雄、同代表者本人寺島徳次の各尋問の結果を総合すれば、債務者会社は、昭和三八年中、債権者に対して約七〇万円の借金債務を負っていたが、追々と返済して、昭和三九年四月一〇日にはその残額が四七万円となったこと、爾来、債務者会社は、債権者に対し、毎月一〇日に金額四七万円の約束手形の書替をして昭和三九年一〇月一〇日に及んだが、その最後の書替手形が乙第一六号証の約束手形一通(昭和三九年一〇月一〇日債務者振出、金額四七万円満期昭和三九年一一月一〇日)で現に債権者において所持しているところであり、乙第六号証の約束手形一通(昭和三九年九月一〇日債務者振出、金額四七万円、満期昭和三九年一〇月一〇日)は前記乙第一六号証の約束手形一通と引換に債権者から回収したものであって、その間、債務者会社において、右借金債務に関し、昭和三九年九月一二日に、債権者に対して金額五〇万円の本件約束手形を振り出さなければならない理由のないことが一応認められ、債権者本人(第一回)の尋問結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠もない。
三 前記各証拠並びに右認定の各事実に徴するときは、本件においては、前叙事実上の認定は既に覆えされたものと解するのを相当とする。してみれば、本件約束手形における債務者名義の記名押印は前認定の如く債務者の記名判及び印章によって振出されたものではあるけれども、これをもって民事訴訟法第三二六条の規定を適用して甲第一号証の一の成立の真正を推定するに由なく、他に甲第一号証の一の成立の真正を認めるに足る証拠もないから、甲第一号証の一は債権者主張の被保全権利たる債務者会社に対する本件約束手形金債権の証拠として、これを採用することができず、他は右被保全権利の存在を認定するに足る証拠はない(この点に関する債権者本人尋問の結果は、前掲認定事実に照らして、措信できない。)。
右の次第であるから、債権者主張の被保全権利はその疎明がないことに帰し、保証をもって疎明に代えることも前叙認定の事実に照らして相当でないから、本件各仮差押申請は理由なきものである。
よって、本件各仮差押申請を認容した各原判決定を取り消して本件各仮差押申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおりとする。